郷愁のハバナ
ヨーロッパのような町並みと、現役バリバリのクラシックカー。
キューバの旅を、「まるでそこだけ時が止まっているようだった」と、美しい思い出にするのは簡単なのだけど、現実はそうでもない。
帰国してすぐに改めて『ブエナビスタソシアルクラブ』(1999年)を観て、すでに懐かしい気持ちに浸っている一方で、間違い探しをしているような気分にもなってしまう。
波が打ち寄せるマレコン通りをクラシックカーのタクシーが走り抜ける様は今も同じだけれど、道路は少しだけ綺麗になって、車の列には、時折ヒュンダイ製のイエローキャブが混ざる。「カメーヨ」は、ソ連からの物資供給が無くなった時代、不足する交通手段を補うためにトレーラーとバスを合体させて作ったキューバならではの乗り物で、映画のシーンに何度も登場する。その名のとおりラクダのような特徴的な姿を見るのを楽しみにしていたが、旅の間1台も見かけることは無く、代わりに、真ん中が蛇腹になった中国製のバスが走っていた。
この映画が公開されたのが1999年だから、今から約20年前。
2014年に自動車の輸入制限が撤廃され、2015年にはアメリカとの国交が回復し、この国を取り巻く環境は一気に変わりはじめているのだと実感する。
一方で、日常では今も圧倒的に物資が不足している現実を垣間見た。
市場に置かれている野菜は、本当に種類が少ないし、生活雑貨を扱う街角の商店では、歯ブラシや電球の類までもがガラス張りのショーウィンドに展示されていて、店員に頼んで在庫を出してもらうようなシステムだ。私は、旅の終盤ではいつもスーパーに立ち寄るのだけど、そもそもハバナの町にはスーパーは殆ど無いし、やっと見つけた店舗でも、お土産になりそうな「ちょっとしたお菓子」なんて皆無。そこに並んでいるのは、本当に生活に最低限必要な商品が、それぞれ1種類ずつだけ。私たちが泊まっていたHotel Nacional de Cubaはキューバを代表する五つ星ホテルだけれど、ここでさえ、朝食会場で提供されるミルクは脱脂粉乳だった。
この国では、いくらお金があっても、買える物が無い。
それでも、街には音楽があふれ、人々は笑顔で踊っている。土産物屋は、ニセモノの葉巻なんかを勧めて来るものの、断るとあっさり引き下がる。声をかけてくる人は多いけれど、そこにあるのは好奇心と親切心だけで、見返りは求めてこない。なんというか、皆、すこぶる無欲なのだ。
(おかげで治安もよく、我々観光客は気持ちよく旅をする事が出来るわけだが。)
閉ざされた環境の中で、数少ない物資を大切にメンテナンスして使い続けることが当然だったキューバの人々に、無い物をねだる欲は無かったのかもしれない。外の世界から入ってくる情報は限りなく少なく、自国の歴史と風土に誇りを持って生きてきたのだろう。1950年代のシボレーやポンティアックが今もピカピカの姿で走っているのは、そういった彼らのプライドと愛情の表れなんだと思う。
でもそれが今、少しずつ変わろうとしている。
アメリカとの国交回復を機に、欧米系の外資高級ホテルが次々に開業しており、(私たちは絶対に泊まらないけど。)そこで提供される欧米流のサービスを、訪れる観光客は当たり前のように受け入れる。私には、こういった「当たり前」が、徐々に「キューバにおけるスタンダード」の位置づけを侵食しているように思える。
海外からの観光客が持ち込む文化や、ホテルのWifiから漏れでる異国の情報は、キューバの人々がそれまで持ち得なかった「無い物をねだる欲」を目覚めさせているように思えてならないのだ。
私たちがいくら不便だと思おうが、その世界しか知らない人たちはそれが「当たり前」の日常だ。でもそこに、ちょっとした他者の「便利」が入り込む事で、人々はそれを欲するようになる。そして次第にそれが、「当たり前」に変わっていくと、それが不足するだけで「不便」と感じ、フラストレーションを抱えるようになる。必死で紙の地図をぐるぐる回しながら歩いていた方向音痴の私が、今やGoogle mapなしでは知らない街を歩けなくなってしまったように。
「今のキューバを見られるのもあと少しですよ」とよく言われる。その言葉を体感する旅になった。
近代化されていない国々に行くたびに「古き良きもの」を保存し続けることと、環境やインフラを整える事の両立は難しいなあとしみじみ思う。けれど、そこにすむ当人たちがそれを「古き良きもの」と思っていないケースは多くて、今のベトナムなんかはまさに、古いものをどんどん壊し始めてしまっている。たまに訪れる観光客目線で「古き良きもの」なんていっちゃダメなんだろうなあ、彼らにとっては死活問題なんだろうな、と思ってきたが、キューバはちょっと違って、彼らはまだそれを「古き良き、今も生き続けるもの」と思っているような気がした。だからこそ、外部の人間がおかしな形で彼らのスタンダードを変えるようなことをしてほしくない。彼らがそれを、不便と思わずに生きつづけてほしい。でも、ハバナの空気を曇らせている排気ガス問題なんかは、何とかしたい・・・
それも、ノスタルジーを追い求める、「古き良きもの」を失い始めた国の人間のエゴなのかな。
もう、考えていたら良く分からなくなって、これ以上書くと長くなるので(もう十分長いけど)、続きはまた今度。
[ 料理家 ]
久々湊有希子
幸せな食卓であふれる世の中を作るべく、世界の美味しいものを食べ歩き、さまざまな料理活動を実施中。サッカー対戦国料理レシピ集「対戦国を喰らう」主宰。
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