【旅と本】謝々!チャイニーズ―中国・華南、真夏のトラベリング・バス
日常生活に疲れたとき、遠い国の綺麗な景色が見たくなったとき、人は旅に出るものだと思っていました。しかし作者は、日常生活に渇きを覚えたとき、本能に喝を入れたいとき、中国に向かいます。中国の勢いに圧倒され、時に傷つけられても、どうしようもなく惹かれてしまうのは、彼らの生きる力の強さへの憧れがあるからなのでしょうか。
「謝々!チャイニーズ」は、ノンフィクション作家であり、写真家である作者がベトナム国境から上海まで、中国・華南地方を長距離バスに乗って旅をした記録。何度読み返しても、懐かしさと新鮮さがごちゃまぜに押し寄せ、中国というエネルギーの集合体にもみくちゃにされたくなる中毒性のある一冊です。
乾いた空気とギラギラと照りつける太陽。白い砂浜の続く青い海といっても、そこはリゾート地ではなく、少し不安になるくらい誰もいない海。いつの間にか喉はカラカラで、ひたいにはじっとりと汗が張り付いている。
夢という欲望に向かう人々に翻弄され、危険な山道を走るバスに揺られ、一瞬とも気が抜けない旅の途中で、ガジュマロの木の下でそよ風を感じたり、仲良くなった食堂のおばさんの作るごはんの湯気のにおいに切ない気持ちになったり。淡々とした語り口だからこそ、その場所の空気やにおい、そこに暮らす人々の生き方がリアルに感じられる。湿度まで伝わるような臨場感が、作者の魅力のひとつだと思います。
たとえば市場でりんごを買うときに、店主自ら袋にりんごを入れてくれるのを、どのように感じるでしょうか。「中国では、物を買うことも物を食べることも、乗り物に乗ることも、すべてが闘いだ。正当な扱いを受けようと思えば闘いに勝つしかない」と語る作者は、キズモノのりんごを売りつけられないように、自分の目で確かめたりんごを選ぶため、市場へリハビリしに行くといいます。容赦なく人を観察し、自分で考え判断する、そうすることで自分自身を守る彼らから、生きることを学ぶため、作者は中国へ旅に出るのでしょう。
気が抜けなかったり、騙されたりと、楽しくない旅の思い出。日本に帰ってしまえば、日本に合ったサイズに戻ってしまう自分。それでも作者が旅をやめられないのは、「中国の人たちの生きる姿を通して、生きる実感を伴いながら生きる」ことを知ってしまったから。旅に出ることで、自分を強く意識する。そんな旅はとても疲れそうだけど、「生きる」本能を学ぶ旅というのも、たまには必要なのかもしません。